東北建設業青年会 創立功労者座談会

4月8日 12:30~ ホテルメトロポリタン仙台 萩の間

【出席者(功労者)】
宮城県 
結城  孝 中城建設㈱
宮城県 
渡辺 忠悦 元㈱渡辺土建
岩手県 
向井田 岳 刈屋建設㈱
宮城県 
廣谷 秀男 日広建設㈱

【ホスト】
現会長   
福島県 渡部 智子 渡富建設㈱
実行委員長 
宮城県 柴田  充 柴田建設工業㈱
【ナビゲーター】
大槻 良子 
東北建設業青年会事務局
畠山 浩晃 
東北建設業青年会事務局


○青年会設立のため、東北6県を行脚
大槻:東北建設業青年会は、本年6月に設立30周年を迎えます。これもひとえに、設立までの長い道のりの中で、東北6県を回りながらご尽力いただいた先輩方のお力添えの賜物でございます。本日は、設立までの経緯やご苦労、そして青年会に込められた思いについてお聞かせいただければと思います。

廣谷:平成8年6月14日、宮城県のパレスへいあんにおいて、菅野日出喜さんを初代会長とする東北建設業協会青年会連絡協議会の設立総会を開催し、東北建設業青年会が誕生しました。当時の会員数は1,620名で、青森169名、岩手467名、秋田253名、宮城296名、山形265名、福島170名でした。
 設立までには約4年を要しました。平成3年3月に宮城県建設業青年会が設立され、また北海道建設二世会(現北海道建青会)の皆様からも助言をいただいたことを契機に、平成4年秋、大友さん(宮城県建設業青年会2代目会長)、渡辺さんと私の3人で北東北3県へご挨拶に伺いました。
 最初に伺った岩手県では、当時の岡崎専務さんと岩手県建設業協会青年部連絡協議会会長の橘富雄さんからご理解をいただきました。その足で青森県へ向かい、当時の青年部会長である太田建設の太田宏明社長、そして後に設立準備などで大変お世話になった木村建設の木村喜有氏を訪問しました。続いて秋田県へ向かい、翌日には後に2代目の会長となられる菅原広二さんとお会いしました。一方、山形県と福島県については結城さんが担当され、山形では国井さん、福島では初代会長となる菅野さんを訪問されました。
 そして平成4年12月10日、宮城県に東北6県から約30名が集まり、各県の青年会・青年部活動に関する情報交換会を開催しました。以後、この交流会を各県持ち回りで開催し、平成7年に再び宮城県で集まり、青年会連絡協議会を結成しました。
 その後、設立準備委員会を重ね、活動方針や規約、会費などについて具体的に検討を進め、東北建設業協会連合会へ設立承認を申請しました。平成8年4月15日の東北ブロック会長会議・総会で承認され、6月14日の設立総会開催へと至りました。
結城:廣谷さんが最初に北東北3県を回った際、私も岩手県で橘さんにお会いしています。実は橘さんとは不思議なご縁があり、橘さんの妹さんが私の大学時代の同級生だったのです。  橘さんには強いリーダーシップがありました。これから厳しい時代を迎える中で、青年世代が交流しながら力を合わせ、親会を支え、次代の建設業を担っていかなければならないという強い思いを持っておられました。その思いに共感しながら東北6県を回り、時間はかかりましたが何とか設立までたどり着くことができました。
 初代会長の選出にあたっては、青年会には非常に優秀な方々が揃っており、様々な角度から検討を重ねました。その中で福島の菅野さんにお願いすることとなり、私もオブザーバーとしてサポートさせていただきました。
 また、東北建設業協会連合会の東北ブロック会長会議・総会に出席し、設立趣旨をご説明しました。当時の望月会長さんや後任の奥田会長さんをはじめ、多くの皆様のご理解とご支援、そして何より東北建設業協会連合会事務局の皆様のご尽力があったからこそ、青年会設立を実現することができたのだと思います。

結城 孝 氏




○次世代を担う若手たちの鍛錬の場として
大槻:ありがとうございます。設立にあたっては、人との絆と、青年会として果たすべき役割への共通認識が大きな力になったことが伝わってきます。6県を回られた際のご苦労はいかがでしたか。
渡辺:苦労というよりも、当時は将来を担う世代の交流や研鑽の場をつくろうという思いが強かったですね。当時は青年会議所や商工会青年部なども活発で、親会の皆さんにも若い世代を育てたいという思いがあったのではないかと思います。
 私たちの時代は、まず仲間づくりや親睦が活動の中心でした。しかし現在は、受注制度や担い手確保、生産性向上など、より専門的で難しい課題に向き合う時代になっています。AIやICTなどの新しい技術も含め、青年会に求められる役割はますます大きくなっていると感じます。

渡辺 忠悦 氏


結城:青年会には青年会としての考え方がありますし、一方で親会にも組織としての考え方があります。様々な意見を交わしながら活動してきましたが、いずれ青年会が次の時代の親会を担うことになります。時代ごとの良い部分を受け継ぎながら、東北6県で連携していければと思います。
大槻:ありがとうございます。橘さんと行動を共にされていた向井田さんはいかがでしたか。
向井田:東北建設業青年会が発足する6年ほど前に、菅原さん、高橋さん、橘さんらが中心となり、岩手県青年部連絡協議会が発足しました。
 私は東北建設業青年会の第3代会長を務めましたが、第2代菅原会長の頃から全国会議が開催されるようになり、その会議にも出席しておりました。入札制度は地域によって千差万別であり、その違いを踏まえながら、様々な制度や課題について多くの議論を重ねました。岩手県の青年部活動においては、当時の協会長であった望月茂さんをはじめ、行政関係の皆様から多くのご指導をいただきました。これは、青年部が真剣に活動に取り組み、常に問題提起を続けてきたからこそ得られたものだと考えております。
 現在の青年会の皆様にも、ぜひ自分たちの意思を持ち、主体的に活動していただきたいと思っております。

○青年会設立を通して得た、同世代の仲間たちとの交流
大槻:青年会の設立時には、結城さんと渡辺さんは既に青年会をご卒業されていましたが、設立に至った達成感はいかがでしたか。
結城:よくあの時間と予算でできたものだと思います。渡辺さんもおっしゃいましたが、設立準備を始めた平成4年頃は、まだ比較的余裕のある時代でした。
 親の目を気にしていたわけではありませんが、青森や秋田へ行くと言うと、「いつまでも遊んでいるなよ」と言われることはありましたね(笑)。
 しかし、その活動を通じて東北各地の多くの方々と出会えたことは、私にとって何よりの財産です。北海道建設二世会や全国の組織の方々とも交流が広がりました。
 青年会を卒業した後も、同世代の仲間たちとの友情と信頼関係は続いています。建設業を取り巻く環境は、バブル崩壊後の不況やリーマンショックなどを経て大きく変化しましたが、青年会設立を通じて築いた絆は今も変わることなく続いています。
渡辺:青年会が設立できて、本当に良かったと思います(笑)。当時は東北各県との交流が広がり、活動そのものが非常に楽しかったですね。

 ~ 当時は各地の建設業団体との交流や
   視察を積極的に行い、見聞を広げる
   活動も盛んに行われていた。~

 登米支部では、発注制度等の調査を兼ねて韓国を視察したこともありました。多くの学びを得るとともに、交流を深める貴重な機会となりました。その後、韓国の建設業関係者が宮城県を訪問されることになり、奥田会長から「お前たちがきっかけをつくったんだから、しっかり対応しろよ」と言われたことも、今となっては良い思い出です。  青年会のような組織は、企業経営にある程度の余裕があってこそ成り立つ面もあります。現在の若い世代は厳しい環境の中で活動しており、本当に大変だと思います。
向井田:青年会が設立されるべくして設立されたのだと感じています。
 特に当時の連合会専務理事の日下部さんや大槻さんが大変親身になって尽力してくださり、設立総会に至ったのだと思います。
 東北建設業青年会の設立を契機に全国との交流も広がりました。特に北海道建青会で会長を務められた砂子さんには、様々な場面で大変お世話になりました。東日本大震災の際には、砂子さんが団長となりタンクローリーで燃料を岩手まで届けてくださいました。本当に困難な状況の中での支援であり、今でも深く感謝しております。
 また、全国の仲間たちと議論を重ねることで、入札制度や地域課題に対する考え方の違いを学ぶことができました。時には意見がぶつかることもありましたが、それも含めて大変貴重な経験でした。全国の方々と交流する中で、東北の人間は真面目で粘り強いということを改めて感じました。一生懸命取り組めば、岩手や東北であることに引け目を感じる必要はないと実感しました。

向井田 岳 氏


大槻:廣谷さんは設立総会当日を迎えて、肩の荷が下りた思いでしたか。
廣谷:そうですね。設立総会と併せて設立記念祝賀会も企画していました。年間予算120万円の中で、総会を70万円程度で開催しなければならず、大槻さんと会場費の交渉を重ねながら準備を進めたことを覚えています。本当は名簿も作りたかったのですが、そこまで予算が回りませんでした。

廣谷 秀男 氏


結城:総会では役員選出や規約承認がありましたので、私が議長を務めました。
 懇親会には東北6県の親会役員の皆様や北海道建設二世会の皆様にもお越しいただき、本当に盛大な会になりました。事務局の皆さんには大変ご苦労をおかけしたと思います。

○災害時に備え、平時から魅力ある建設業となるために
大槻:設立から30年が経過し、その間には東日本大震災をはじめ様々な出来事がありました。皆様はこの30年間の変化をどのようにご覧になっていますか。
結城:私が青年会設立当時30代後半でしたから、本当に激動の時代でした。同業者の中にも残念ながら事業継続ができなくなった会社が数多くありました。
 政治や経済など様々な影響を受けやすい業界ですが、そのような時代だからこそ、建設業界が一致団結することが重要で、県単位だけでなく東北6県が連携し、国土交通省をはじめ関係機関に対して建設業の重要性を発信していかなければなりません。
 建設業がなければ、災害時の復旧・復興は成り立ちません。地域を守る最後の砦としての役割を担っていることを誇りに思い、若い世代には頑張っていただきたいと思います。
渡辺:産業である以上、良い時もあれば厳しい時もあります。ただ、災害復旧に建設業が必要不可欠であることは間違いありません。
 災害時に本当に必要とされるのは、人員、機械、資材を確保し、迅速に対応できる地域建設業です。そのためには平時から地域建設業が存続できる発注制度や評価制度が必要であり、業界として積極的に提案していかなければならないと思います。
 また、その重要性を国民の皆様に理解していただくことも大切です。

○受け継がれる青年会の歴史と人材育成への思い
大槻:向井田さん、廣谷さんは親会の幹部も務められておりますが、この30年をどのように振り返られますか。
向井田:この30年間には本当に様々な出来事がありました。青年会の皆さんには、「これで良いのだろうか」と感じることがあれば、ぜひ積極的に議論していただきたいと思います。現状を当たり前と思わず、将来の地域建設業のために何が必要なのかを考え続けることが、青年会の大切な役割だと思います。
 ICTについても同様です。単に導入することが目的ではなく、現場の課題解決にどう活かすかが重要です。ぜひ若い世代ならではの視点で積極的に発信していただきたいと思います。
廣谷:私も長く青年会活動に関わってきましたが、宮城県建設業協会青年会は55年を迎えます。東北建設業青年会が設立される以前から、仙台を中心とした青年会活動には長い歴史がありました。
結城:その当時の発起人の皆さんを取りまとめたのが奥田会長でした。若い頃から建設業界をまとめ、発展させようという強い思いを持っていられた方だと思います。
廣谷:結城さんが会長を務められていた頃には、「若者に魅力ある建設業をつくろう」をテーマに建設フェアを開催しました。2日間で10万人もの来場者がありました。
 しかし、人材確保や後継者育成という課題は更に厳しくなり、益々魅力ある業界づくりに向けて努力を続けていかなければならないと感じています。

○設立の志を未来へ ― 次代へのメッセージ
渡部:私は3年ほど前から青年会に所属していますが、本日のお話を伺い、これまで感じていた疑問が解けた気がします。初めて会に参加した時から温かく迎え入れていただきましたが、その背景には、先輩方が築いてこられた歴史や思いが脈々と受け継がれていることがあるのだと改めて感じました。
 私たちの世代も、その良き伝統を受け継ぎながら、新たな価値を加え、次の世代へと繋いでいかなければならないと強く感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

渡部 智子 氏


柴田:私が5年前に仙台の青年会会長をさせていただいた時が仙台建設業50周年で、記念誌を作成させていただきました。宮城県建設業協会も5年前に30周年を迎え、その時も事務局長として関わらせていただきました。今回も実行委員長として東北建設業青年会の30周年に関わらせていただき、節目の年に私に課された使命のように感じています。諸先輩方の思いや積み上げてきていただいたものを、それに私たちの世代でプラスアルファしたものを、きちんと後世に伝えていかなければならないと、今日改めて感じました。
 私自身建設業に入って、当たり前のように仙台市の青年会や宮城県の青年会の活動に参加させていただきましたが、本日お話を伺って、先輩方の想いや様々な奇跡が積み重なって今があると感じました。そういったことに感謝しながら、7月の30周年記念式典に向けて活動していきたいと思います。本日はありがとうございました。

柴田 充 氏


大槻:最後に、青年会にひと言ずつメッセージをお願いいたします。
結城:皆さんの会社は、お父さん、おじいさん、それ以前の先人の方々が礎となって作ってきた会社です。そこで働く従業員、そして下請けの企業の皆さんもいます。そうした上で私たちが社長となり、会社を動かしているわけですが、これからの時代は不透明ですから、何が起きるかわかりません。それを乗り切るためには、企業が一丸となっていかなければなりません。そのためには、従業員を自分の親子と思いしっかり支えていかなければ、建設業から離れていくと思います。
 私の一番好きな言葉ですが、「常に前を向いて歩いて欲しい」。前向きにいろいろな発想や考えを持ってやっていけば、必ずや皆さんの会社も、しっかりした会社になるのではないかと思います。人生の荒波は大変な時もありますから、青年会の皆様ともこれを機会にお付き合いをもっと深くして、悩みなどをお聞きする機会があればアドバイスさせていただければと思います。これからも大いに叫んでいっていただきたいと思います。
渡辺:組織は、そこにいる仲間が生きるためにあり、そしてお客様に満足して貰うために存在します。そのことを忘れないでいただきたいと思います。
向井田:やはり、一言でいえば「自ら考えて行動する」ということですね。
廣谷:働き方改革、それから若い人材の確保、そして後継者問題。いろいろあろうかと思いますが、一社では抱えきれないことをこの青年会を通して乗り切り、ますます発展していただきたいと思います。
大槻:最後に畠山専務からお願いいたします。
畠山:本日のお話を伺い、率直に申し上げて大変感動しました。
 現在、建設業界はかつて経験したことのない難しい局面を迎えています。しかし、そのような中でも青年会の皆さんには、若い経営者同士の強い絆があります。その繋がりこそが、これからの地域建設業を支える大きな力になるのではないかと感じています。
 今の東北では、土木であれば公共事業が主体なので、どんなに頑張っても自分たちで仕事を作ることはできません。インフラの老朽化などの問題もありますので、自分たちでそういった不具合などを行政に対して発信し、仕事に結び付けていけるような力が、今まさに青年会の皆さんに求められていると思います。事務局として、そういったこともお手伝いしていきたいと感じました。
 今日は本当にいいお話をありがとうございました。

畠山 浩晃 氏


大槻:本日は、創立に携わられた皆様から貴重なお話を伺い、東北建設業青年会創設の経緯と、その礎を築かれた先輩方の志を改めて振り返ることができました。
 30周年という節目の年に、このような貴重な記録を残すことができましたことに心より感謝申し上げます。
 本日は誠にありがとうございました。以上をもちまして座談会を終了いたします。

大槻 良子 氏